風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

帰還

 今日は、13年半暮らした三島町のこの部屋で過ごす最後の日である。
 退室のための検査をし、いくつかの用事を済ませ、残っている荷物を積み込んで実家に向かったら、もうこの町に自分の住む家はない。
 荷物のほとんどはすでに運び終え、その後掃除や畳替えをするために戻ってきていたので、この5日ほどの間は、台所のフローリングにこたつの下敷きを敷き、その上に寝袋で寝ていた。まるでキャンプのようであった。
 朝目覚めたら、毎日のように、カレンダーに書き込んでおいた今日やるべきことのメモを確かめ、それをきっちりと終わらせては引越しの完了を目指していた。その緊張感も、今日で終わる。
 いつものように、紅茶とパンで朝食を済ませたら、8時45分に役場のKさんが来て、退室のためのチェックをした。壁紙や柱の修理などは、私が退室した後にS KK さんにお願いしていて、それでOKとなった。
 Kさんが帰った後、残っている荷物をぐるっと見渡してみる。

   うーむ
   この荷物 すべて積み込めるだろうか・・・
   いや どうみても
   積み込めそうにないな
   どうしよう・・・

考えた挙句、最後の日に荷物の処分に困ったら持って行ってあげるから、といってくれた師匠に電話をしてみた。そして、ここまで取りに来てもらうことになった。カラーボックスや、台所で使っていたワゴン、クーラーボックスなどを引き取ってもらい、少し話をして、最後に握手をしてお別れをした。師匠には、最後の最後までお世話になりっぱなしだ。
 それから、役場に保険証を返したり、最後の家賃の支払いなどに行くことにする。先週末から、三島には雪の日が続き、除雪車も出動している。いつもは28日くらいから根雪になるような雪が降るのに、今年は少し早めに雪が降っていて、今朝は50cm近い積雪になった。長靴がすっぽり埋まる。車を出すのに雪を片すため、スノーブラシをもって外に出る。こんな経験も、もうすることはないだろう。
 車のまわりに積もりに積もった雪を落とし、役場に用事を済ませに行く。
 それから、ガスの供給をしてもらっていたIモーターさんに、引越すので今月で契約を終了する旨を伝えに行った。Iモーターさんは、私が今日引越すことを言うと、

   そうなの・・・
   残念ね
   みんな いなくなっちゃうわね・・・

  と、寂しそうにしていた。いまここカフェのガス代を毎月払いにいっていたこともあり、いまここネットのメンバーが一人二人と引越していったのを知っているので、よけいに心に響いたのだろう。
 そのあともう一つ、使うことのなくなった口座を解約するために、駅前のJAへ行く。
 そして、解約が終わって外に出たら、雪が降りしきる中を見覚えのある車がやってきた。運転席を見てみたら、やっぱりS8さんだった。
 S8さんも気がついて、窓をあけて顔を出したので、

 今日 実家に帰ります

と言うと、

 そうか・・・
 残念だな・・・

と、ひとしきり話が続いた。S8さんとは、10日くらい前にたまたま隣町のスーパーの駐車場で会い、実家に戻ることにしたことをすでに話していたのだが、最後の日にまた会うことになったのも、不思議な縁だ。
 S8さんには、いまここネットやいまここカフェで、たくさんお世話になった。S8さんとも、握手をして、お別れをした。
 そして家に戻って、急いで荷物をまとめ、車に積み込む。その間にも雪は激しく降り続く。のんびりしていたら、雪に閉じ込められて帰れなくなりそうだ。
 なんとかすべての荷物をぎゅうぎゅう詰めにして、車に積もった雪をまたもやスノーブラシで払い、車を出すと、Iさんの姿を発見!
 自分が履いていたトレッキングシューズのサイズが微妙にあわず、靴ずれをしてどうしても痛かったので、Iさんなら履けるのでは?と、渡そうと思いながら、あわただしい中で連絡を取りそびれ、結局自分で持ったままになっていた。それを、渡すチャンス!
 あわてて車を停めて、

 Iさん
 靴のサイズ いくつですか?

と、トレッキングシューズを渡すと、足を入れてみたIさん、
 
 足が入るから
 大丈夫かもしれないわね
 もらって いいの?
 ありがとう!

よかった。ちゃんとIさんのもとに、手渡せた。

 こっちに来た時には
 泊めてあげるから
 また 遊びに来てよ〜

そして、電話番号も教えてもらった。
 
 ありがとうごさいます
 また 遊びにきます!


 気をつけてね!

見送ってくれているIさんに手を振り、今度こそ駐車場を出る。そして、国道に出て、実家に向かう。
 この大雪、どこを通れば安全だろう?
 高速が苦手な私は、下道(一般道)で行こうと思っているが、どこを抜けて4号線に出るのが安全か?いちばん雪が少なそうなルートは、49号線で郡山まででたほうがいいかな・・・と思っていたにも関わらず、その分かれ道となる寸前で、

 やっぱり 最後に
 いつものルートをいこうかな

と、気が変わり、南会津から塩原を経由するルートを目指した。が、これが試練の始まりだった。
 会津坂下から、会津若松を通って121号線に出るまでの道を走り
始めたところで、

 やっぱり
 郡山まわりのほうがよかったかな・・・

と考えたにもかかわらず、Uターンするのがいやでそのまま突き進んでいったら、下郷のあたりから吹雪。さらに低温のため( 路上の温度計は、マイナス4℃だった)、ワイパーが掻いた湿っぽい雪がそのままワイパーに団子のように凍りつき、うまく雪を払ってくれなくなった。視界が悪いうえに、路面も凍結していて、前の車のスピードも低速で、なかなか前に進まない。この天気で暗くなるのも早く、視界はさらに悪くなる。

 暗くなる前に 塩原の峠を越えたかったのに
 間に合うだろうか・・・

気持ちが、焦る。
 いつの間にか自分が先頭車になると、少しスピードを上げてみたが、視界は悪いしスリップが怖い。それに、一面真っ白になった雪道は、どこが道の端なのかわかりにくい。緊張に緊張が続く。
 それでもなんとかほの明るいうちに400号に入れたものの、そこから塩原の町中に抜ける峠道は、さらに鏡面のようにつるつるに光って、まるでスケートリンクのようだった。
 
 うわっ
 思いっきりつるつるだろ これ
 こ、怖すぎる!
   
しかし、ここまで来たら、戻ることも、違うルートもありはしない。前に進むしか道はない。
 とにかくスリップしないよう、慎重にゆっくり走っていくと、なんと私の真ん前には除雪車が走っていたのだった。どうりで、つるつるのわけである。追いついて、追い抜かせてもらったが、それでもやっぱり、凍結していることに変わりはない。峠の気温は、マイナス6℃。

 こわいよ〜!

もう、泣きそうである。でも、誰かが助けてくれるわけではない。

 これは 会津を去る前に
 私に与えられた
 最後の試練なんだ きっと・・・

妙に自分を納得させても、怖さが半減するわけではないのだが・・・。
(っていうより、完全にルートの選択を誤った!)
 峠を下り、塩原の町中に入っても路面に雪が残っている。ここ数日は、こちらでもそれなりに雪が積もったようだ。町中を抜け、道の駅まで来てようやく、路面の雪がほとんどなくなった。

 ここまでくれば
 一安心

いつものように、塩原の道の駅で小休止をするために車を降りる。それでも、みぞれがちらついている。駐車場には雪の溶けた跡があり、凍結が始まっているようだ。気をつけて歩かないと・・・と足元を見て、はたと気づく。

 ゴム長・・・!
 もう この先は
 必要ないよな

会津の置き土産のようになった長靴を脱ぎ、そこでスニーカーに履き替えた。
 そして、そこから先は、ぱらついていたみぞれも止み、何事もなかったかのように静かに道が続いた。
 実家のあるM市に入り、夕食の惣菜を買いに、スーパーに寄る。

 はぁ〜
 無事に ここまで来た

ほっとして外に出て、自分の車を確かめてみたら、溶けきらないままの雪がフロントバンパーにこちこちのまま張りついて、ナンバープレートも見えない。まわりの車を見ても、こんな姿の車はあるわけもない。
 
 ふふ
 これじゃ
 いったい どこから来た人?
 だよな・・・

買い物を終え、家路に着くと、新月のあとの空に、オリオン座や金星や冬の星がきらきらと輝いていた。

 こんな空を見ていたら
 雪のことなんか
 想像できないな・・・

大雪の会津を出発し、最後の試練を乗り越え、たどり着いた我が家。
 実家のドアを開けると、先に連れ帰って留守番させていたタマが、

   にゃぁ

と、小さな声で鳴いて、迎えてくれた。4日間も一人でいたので、寂しかったのだろう。

 無事に着いた
 本当に 帰ってきた・・・

いろいろな場面のある一日だった。夢のようでもある。これまでの景色が舞台転換のようにぐるっと変わり、新しいステージに立ったようだ。
 今日この家に帰ったら、もう今までの場所に戻ることはない。
 長い旅を終え、生まれた場所にたどり着いた。
 明日からは、あらたな物語が、ここから始まる。