風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

小さなパン屋の一場面

 パン工房開店から4週目の営業日。
 まだまだお客様は多くはないので、閉店時刻の4時になってもパンが残っていた。「本日 パンあります」の看板は下ろさないまま、袋詰めなどをしていたら、ガラス戸越しに人影が。そしてドアを開けて女の子が、



 まだ 大丈夫ですか?



と、息せき切って尋ねてきた。
 もう3回は会っている、小学生の女の子。開店よりも1週間くらい前に同じそのドアを開けて、「ここ パン屋さんですか?」と尋ねてきて、雪が降った開店日の金曜日、やはり同じくらいの時間に同じように息せき切ってやってきて、「まだ 大丈夫ですか?」と同じように聞いてきた女の子だ。
 今日も同じように、4時過ぎに、まだ開いてますように…という具合に急いでやってきて、私が




 どうぞ



と答えるとお母さんと妹を呼びにいって連れてきて、もう慣れた手つきでかごを取ってパンを選ぶ。
 今日は選ぶほどの種類はないくらいになっていたけれど、カレーパンをかごに入れたあと、妹に向かって、



 ○○ちゃん
 ベーコンエピ 食べる?



と聞いて、小さな妹がかわいらしく“うん”とうなずくと、ベーコンエピをかごに入れ、



 これで お願いします



と、ちょっと大人っぽくカウンターにパンの入ったかごを置く。
 それを優しい笑顔で見つめていた若いお母さんが、代金を払う。
 カウンターには、明日、「昨日のパン」として少し割引して売るために袋詰めしたプレーンなカンパーニュやいちじく入りのカンパーニュ、ライ麦パン、食パンなど、「大きなパン」が並べてあり、バターロールやおやつパンはほとんど残っていなかったが、食事パンは、明日になっても全部は売れそうにないので、



 もう 今日は終りなので
 この大きなパンの中から
 好きなのを一つ どうぞ



と、選んでもらったら、女の子が、



 いいんですか!?
 どれがいいかなぁ・・・
 ライ麦パン おいしそう!



と言ったところにお母さんが、



 ライ麦パン
 この前 おいしかったね



と答え、



 じゃあ ライ麦パン!



と、女の子。
 実は今日のライ麦パンの出来は、あまりよいとは言えなかったのだが、そのパンを見て、おいしそうと思ってくれたことが、私にはちょっと意外だった。そして、女の子がライ麦パンなんていう、この辺のパン屋ではあまり見かけないパンを選んだことにも、驚いた。



 ライ麦パンも袋に入れて手渡すと、お母さんが、



 いつも すみません・・・



と、一言。
 そう言えばこの前も、もう今日は終りだからと、何かをおまけにつけてあげたっけ。私は忘れていたが、お母さんは覚えていてくれたのだ。というより、最近はこんな対面販売のお店が少ないから、はい、じゃあこれはおまけね!なんていう会話がお店の中でなくなってしまっていたのだ、ということに、いまさらながら気がついた。



 カレーパン 買ったよ



と、女の子がお母さんと話しながら、からんからんからん・・・とドアベルのついたガラス戸を開けて、お母さんと妹と女の子が外に出て、最後に女の子がドアを閉めつつ隙間から、



 ありがとうございました



と、また大人っぽくあいさつしてくれる。



 ありがとう
 気をつけてね



と言ってその景色を見つめながら、何だかこの風景、ジブリの映画の一場面のようだなぁ・・・と想像してみる。
 その風景の中のパン屋さんは、自分だ。





 いつかあの女の子が大人になった時、ふと、



 そういえば 子供の頃
 ここに 小さなパン屋さんがあって
 よく お母さんと○○ちゃんといっしょに
 買いに来たなぁ・・・
 あのパン屋さん
 いつから なくなったんだっけ・・・



なんて思い出したりするのだろうか?
 女の子が思い出した風景の中にいるパン屋さんの顔は思い出せなくても、パン屋の建物やその時の風景は、不思議とはっきり思い出せたりするんだよね。
 でも今は、女の子が私に、素敵な一場面を作ってくれている。



 パン屋になって、よかったな。
 素敵な場面を、ありがとう。