風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

自家製酵母の話

 酵母を起こす。と言われても、ピンとこない方が多いだろうが、このブログを読んでくださっている方の中には、自家製酵母でパンを作ったことのある方も多いかもしれない。
 私が初めて酵母を起こしてパンを作ったのは、2007年の7月なので、なんと!今年の7月で丸10年ということになる(いやはや、随分と長い道のりであった…)。
 本当の初めの初めに自分で起こした酵母の元種でパンを焼いてみた時、いちばん最初はうまく膨らまずにパンにならないか、パンのようなものができても固くておいしくないだろうという予想を裏切り、ビギナーズラックで、それなりにパンらしいものが焼けてびっくりした。でもって、その感動に突き動かされ、それから10日後くらいには、

 この感動を誰かに伝えたい。
 そうだ!
 わたしは パン屋になる!

と決意した自分がいた。
 何度かそのことはこのブログに書いたり、お客さまに話したりしているが、それからの道のりは果てしない紆余曲折の繰り返しだった。
 何が難しいって、酵母を繋いでいつでもおいしいパンが作れるようになる、というそのこと自体が、至難の技なのである。特に季節の変わり目と夏場は酵母がうまく起こせなくなり、果物を発酵させて酵母液を採るところまではうまくいっても、酵母液と小麦粉を混ぜてパンの元種を作る段階で失敗する、という事態に頻繁に陥った。
 なぜうまく起こせなくなるか、という原因を突き止めたいとあれこれ本を読んで推測してみたり、某大学の発酵関係の一般向けセミナーに行った時に講師の方に聞いてみたりもしたけれど、結局のところ今の今まで、その具体的な原因と解決策は見つかっていない。なので、自家製酵母のみでパンを焼くパン屋は綱渡りなのだ。
(ちなみに、「自家製酵母」と看板を掲げていても、イーストや市販の天然酵母を併用していたり、一部のパンのみを自家製酵母で作っている、というパン屋さんも多いようです)
 そのことをわかった上で、

 自家製酵母でパンを焼くことだけは変えない

というポリシーを持って、これまでパン屋を続けている。

 なぜ、イーストや市販の「天然酵母」の元をあえて使わないかというと、市販の天然酵母イーストと同じく、工場内で単一の酵母を純粋培養したものだから。10年前、自分でパンを焼いてみようとあれこれ作り方を調べていた時に、こんなことがあった。
 とある天然酵母のホームページを見ていたら、そのH天然酵母でパンを焼く時の注意点みたいなところに、他の菌を排除するために、使う道具は毎回殺菌すること、と書いてあったのだ。そこにはさらに、煮沸消毒では不十分なので、ピューラックスなどを使って殺菌すること、という一文まで付け加えられていた。(ピューラックスというのは、漂白剤のようなものですね)
 H天然酵母が目指しているパンの味になるように、他の菌が混じらないようにするために消毒する、という意図であることは理解できたのだが、それを読んで私は、すぐに疑問に思った。

 天然酵母なのに
 なぜ 他の菌を排除しようとするんだろう?
 それって 私がやりたいことじゃない!

奇しくもその一文がきっかけで、自家製酵母でパンを焼いてみようと酵母を起こし始めたのが、私のパン屋への道のりの出発点となった。
 元々、子供の頃は理科(特に生物)がいちばん好きで、できれば生物関係の学部に進学したいと思っていた。にもかかわらず、物理や化学や数学が苦手で理系の頭ではないな、と受験の時点で諦めてしまったのだが、自家製酵母でパンを焼くことそのものが、自分が本当にやりたい分野に直結していたことも大きかった。
 実際に酵母を起こしながら発酵に関する本を読んだり、元種の様子を観察したり、パンがうまく作れなくなるとその原因を推測したり、ということを何度も何度も繰り返すうちに、酵母の見た目で調子がいいか悪いかがかなりわかるようになったものの、それでも中にいる菌の様子が見えるわけではないので、勘でしかない。なので、未だに試行錯誤している。
 ちなみに、純粋培養で作られた「天然酵母(の元)」は、選ばれた単一の酵母のみが効率よく働くように、酵母のエサとなるもの(米麹など)と共に作られている。一方で、自家製酵母の元種の中には、自然の状態で複数の菌が生息している。
 では、どのようにおいしいパンが作れるように自家製酵母を調整するかというと、菌の世界では、その時々の状況によって1種類の菌が繁殖力を高めてその環境の中で優位に立つ、という攻防戦が日々繰り広げられているので、元種とするものの中にパン作りに向いている酵母をいちばん先に増殖させることができれば、その元種はパンを作る元=パンの元種になる。逆に、ちょっとした温度や保管状況、時間経過などによってパンの元種の中で他の菌が増殖を始めて優勢になってしまうと、うまくパンを作れなくなるということだ。
 だいたい、これまでの3年間、ほとんど

 うわ〜 やばい!
 なんか 酵母が瀕死になって途切れそう・・・!!

という状態に陥ることなくパンを焼き続けてこられたのが奇跡だ。(ヤバい状況になったこともあったが、首の皮一枚で繋げてなんとか乗り切ってきました)
 それよりなにより、酵母育成中の現在、うまくいきそうないかなそうな、なんだか怪しい様子で、パン工房の厨房はちょっとした実験室の様相になりつつ、現状では神様に祈ることぐらいしかできないことがもどかしい。自分が酵母になって、攻防戦の応援に行くことができればいいんですけどね。(それは無理)
 っていうか、ここにきてなんだかうまくいくのかいかないのか予想がつかない、というこの綱渡り感は何なんだ!?
 来週末までにパンが作れるようになっているのか、今の私には全くわからない。そのくらい、現在の酵母の調子が??である。
 ま、おかげで、久しぶりに長いブログ(しかも、パンにまつわる)が書けたけどね。(良くも悪くも)