風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

黒パンの記憶

 4月の半ばに、ライ麦粉を発酵させて作るサワー種を、初めて起こしてみた。
 今まで何度も、「黒パン」を作ってみたいと思いつつ、本格的に作るまでには至らなかったのだけれど、今回は作ってみたい!という気持ちが持続してサワー種の作り方を本をめくって調べていたところ、カンパーニュの仕込みの時に小麦の全粒粉とライ麦粉の計量を間違えてしまい、混じってしまったために修正が効かなくなって計量し直すことにしたので、中途半端に余った全粒粉+ライ麦粉の混合物をどうしようと考えていて、

 そうだ!
 これで サワー種を作ってしまえばいい!!

と思いついて、作り始めたのだ。
 ちょうど冷蔵庫にみかんの発酵液が残っていたため、これをスターターとして混ぜてみたら順調に発酵して、全粒粉とライ麦粉ベースの元種ができた。
 その元種を使って、いとも気軽にライ麦粉50%のライ麦パンを作ってみたところ、これが意外にもふんわりしっとりした食感の黒パンになり、

 これ おいしい〜!

と、自分でも驚いた。重たくなったり固くなったり、あるいはパサついたり、最初はうまくいかないだろうと予想していたのが、こんなに簡単にうまくいっちゃっていいものだろうか?というくらいにすんなりおいしくできたのは、自家製酵母歴10年+パン屋歴4年の賜物なのか?
 ライ麦粉50%で酵母ライ麦ベースなので、色味も濃く、ライ麦粉の風味も強いのだけれど、これがくせになるような味わいなのだ。

 黒パンを作ってみたい、と思い続けていたのには、訳がある。
 父が子供の頃に一時満州(現 中国北東部)にいたことがあり、その頃食べた「ロシア人が売りに来た黒パン」がすごくおいしかった、と、何度も話に聞いたことがあった。
 その後、社会人になったあとでも、「ロシアの黒パン」がおいしかった、という話を何かで読んだり、満州にいたことがある人やシベリアに抑留されたことがあるという年配の方からそういう話を聞く機会が何度かあって、そんなにおいしい「ロシアの黒パン」というのはどんな味なんだろう?という好奇心が、私の中にくすぶり続けた。
 東京に住んでいた数十年前、食パン型をした色の黒いパンにキャラウェイシードが入った独特の風味のパンを見つけ、食べてみたところ、最初はキャラウィシードの香りが苦手だったのに、何度か食べるうちにくせになって、しばらく続けて食べていた気がするのだが、あれはどこのパン屋さんで見つけたものだったか、すっかり忘れてしまった。
 そう言えば、東京にいる時に父から、黒パンを見つけたら買ってきて、と言われて、そのパンを買っていったことがあるような気もするのだけれど、詳しい記憶がすっぽりと抜けている。それを食べた父が、ロシアの黒パンに似ていると言ったような、似ているけど違うといったような気がしないでもないが、どっちだったかなぁ・・・。なぜ、忘れてしまったんだろう。
 というより、実は、そのキャラウェイシードの入った黒い食パンのこともすっかり忘れていたところ、3年前にちゃんめぐがパン屋の手伝いに来てくれた時に、まさにそれと同じパンをつくばのパン屋さんで買ってきてくれたことがあって、

 この味 懐かしい〜!

と、その時に何十年ぶりかでその味を思い出したのだった。
 
 そんなこんなで、今の今まで「ロシアの黒パン」を食べてみたい(というより、今や作ってみたい!)と思い続けているものの、実際のそれはどういうものなのか、いまだに謎のままだった。
 それでも、自分の中で何となくイメージが出来上がってきていて、

 ・ライ麦粉が入っていて色が黒い
 ・キャラウェイシードの独特の風味
 ・大戦前の満州で食べたものなので、自然発酵種のパン

というあたりであらためて作ってみようと考えていたところ、『ロシアのパンとお菓子』という本があることを知り、早速購入して見てみたら、その本にあるライ麦パンのレシピが、なんと、ライ麦粉50%!前回は何となくの勘で50%にしてみたのだが、ビンゴ〜!だった。
 さらに読み進んでみたら、その本には、イーストで簡単に作る作り方の他に、天然酵母ライ麦パンの作り方まで載っていて、「これが本当のロシアの黒パンの味です」と書いてある。(その本のレシピは、著者がロシアやその周辺の国々を訪れ、現地の主婦から教えてもらったもの)で、よくよくそのレシピを見てみたら、私が先日勘で作ってみたライ麦パンとほぼ同じ配合ではないですか!
 いや〜、びっくりですねぇ。何十年と思い続けていたロシアの黒パンが、夢のように自分の手で作れてしまっていたとは。
 ちなみに、ロシアの黒パンのレシピの本文には、キャラウェイシードは書かれていないのだけれど、付記として、キャラウェイシードやくるみを混ぜてもいいと書かれてあるので、やはりあの独特の香りはロシアの黒パンの特徴なのだろう。
 自分がパン屋になる前に東京で買った、イーストで作った食パンのような黒パンは、父が食べたものはきっとこんなものではないと、どうしても納得できなかった。でも、自分で何気なく作ってみた自家製酵母ライ麦50%のパン=黒パンは、食感も味も、それとはまったく違っていた。父が「おいしかった」と言った、満州で食べた黒パンも、きっとこんな味のパンだったのだろうと想像できる。

 一度50%のライ麦パンを作ったあと、10日近く寝かせているライ麦酵母は、徐々に熟成して酸味が出てきたような匂いがしている。キャラウェイシードもようやく買ったので、今週末にはキャラウェイ風味の黒パンを作ってみよう。