風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

帰る場所

 先週末、お客さまで来たお向かいさんと夏休みの話になり、どこかに出かけたりしないんですか?と聞かれた。旅に出たい気持ちは山々なのだが、猫と酵母を飼っている+自慢じゃないが只今絶賛極貧生活中〜!なので、残念ながら出かける当てはない。
 その代わりと言っては何だか、今日は自然食品店にお酢を買いに行ったついでに、ふと、もしも時間のタイミングがあったら映画を観ようとすぐそばにあるシアターのタイムスケジュールを見てみたら、なんと!観たいと思っていた『思い出のマーニー』が20分後にスタートだったので早速観てきた。
 営業日以外も日常の雑用があって、何かしら用事を済ませることに時間を使い、心も体も休日、という日を最近作れずにいた自分にとって、ちょっとした贅沢な時間になった。(みなさんそうでしょうけれど)この日は休む!と決めておかなければ、いつの間にか休日って雑事で終わっちゃうのよね。


 で、その『思い出のマーニー』の冒頭で、主人公の杏奈がつぶやく言葉を聞いて、子供の頃の自分を思い出した。


 私は、私が嫌いだ。


 子供の頃の私は、自分が嫌いだった。今でこそごく普通にお客さまと話すことが出来ているが、子供の頃はどういうわけか人と話すことができなかった。無口というレベルを超えて、先生がイエスかノーかで答えられる質問をしたのに首を縦、あるいは横に振って答えることしかできないような子供だった。それを直したいと思っているのに直すことが出来ず、ようやく話せたと思うと、先生に「蚊のなくような声」と言われ、よけいに話せなくなった。だから、学校も先生も大人も大嫌いだった。
 そして、他の子たちが出来ている「普通のこと」ができない自分が、嫌いだった。
 今でも覚えているが、20代の初めの頃に、「世の中でいちばん恐いもの、何?」と聞かれた時には、迷わず「人間」と答えていた。この場では「クモ」とか「ヘビ」とかいう答えを求められているのだろうなぁという時でさえも、いや、でも世の中でいちばん怖いものはやっぱり「人間」でしょ、と、頑なに「人間」と答えていた。
 ま、今ではその時とはまた違う意味で――地球レベル、生物界レベルで、世の中でいちばん怖いものは(あるいは、嫌いなものは)やっぱり「人間」、と答えるかもしれないけどね・・・。
 


 『思い出のマーニー』の中の、その言葉を聞いて、そう言えばいつの間にか自分が嫌いだとは思わなくなったなぁと気がついた。
 考えてみると、20代の半ばに、ふとバイクに乗りたい!という衝動に駆られ、免許を取り、お金が貯まったところでバイクを買ってツーリングに行くようになってから、ようやく自分らしく生きられるようになって、その頃から自分が嫌いだとは思わなくなった気がする。
 自分が嫌いとは思わなくなったけれど、でもその一方で、いつもどこかでお金に縛られていて、貯金が無くなることを不安に思う自分がいた。
 だから、パン屋を始める前にこれからどういう暮らし方をしたいか、ということを考えた時に、とにかくお金に縛られて不安に思うことがなくなったらいいなぁと思った。
 それが、パン工房を作るに当たり、貯金を全部使い切ったら、何とも不思議なことに今までのようなお金に対する不安がなくなった。もちろん、全く不安がなくなったわけではないが、極貧生活になってもなんだか楽しめている自分がいるのだ。ゼロになったことで(いや、ゼロではなくマイナスか…)、あらためてそこから積み上げていく道のりを、どこかでわくわくと楽しんでいたりする。
 自分のやり方次第でなんとかなるかな、と思えるだけの仕事場を持つことが出来たからなのかもしれないし、実家という場所がもたらす安心感もありそうな気がする。
 それはまた、長い旅を終えて自分が帰るべき場所に戻ってきた、という一つの証なのかもしれない。