風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

酵母の話

 私がパンを作るようになったきかっけは、8年前の2007年7月に遡る。
 当時、福島県の奥会津に住んでいたのだが、そこは人口2000人を切った豪雪地帯。高齢化も進んでいて、コンビニもないところだった。
 そんな場所だったので、町内にパン屋もなければ、近隣の町にも自分が食べたいと思うようなパンを売っている店はなかった。かなり離れたところに気に入ったパンを売っている店を見つけても、いつしか閉店してしまったりして、仕方なくそこそこのパンでがまんしつつ、東京に行く機会があった折には大量にパンを買い込み、冷凍庫に保存してようやく満足していた。
 朝はいつもおいしいパンを食べたいと思っても、毎朝のように、こういうパンを食べたいんじゃないんだけどな・・・と思いながら、5年以上が過ぎた頃。

 もう ガマンできん!
 こうなったら 自分で作るしかない!!

と、ある日突然限界がきて(?)、やおら私のやる気モードにスイッチが入ったのだ。
 それまでにも、イーストや白神こだま酵母でパンを作ってみたことは何度かあったのだが、イーストでは自分が食べたいと思うようなパンにはならず、白神こだま酵母で作った時には冬だったこともあり発酵がなかなかうまくいかず、それなりのパンを作れた時でも、やはり食べたいと思うようなパンではなかった。結局、自分にはパンを作る才能はないし、作る手間も面倒。買ったほうが早い。という結論に達して、その時点ではパンを作ることを諦めていた。
 が、やっぱりおいしいパンが食べたい!というこの時の衝動は、それを乗り越えるものだったらしい。
 どうせ作るなら、やっぱり天然酵母でしょ。と思い、インターネットで検索をしてみた。そして、市販の天然酵母を調べてみると、老舗のホシノ天然酵母のほかにも、あこ天然酵母、白神こだま酵母、楽健寺酵母など、結構何種類もあることを知る。
 しかし、よくよく考えてみると、イーストと天然酵母の違いって何なんだ?そこからしてわかっていなかった。それで、そのところを調べてみると、イーストも天然酵母も、市販のものに関しては純粋培養されたもので、それに添加されている酵母のエサとなるものが、自然のもの由来か化学合成されたものかの違いであるということのようだ。(たとえば、ホシノ天然酵母では米、米麹。イーストでは、イーストフードなどと書かれている。けれど、必ずしもこれに当てはまらない酵母もありそうな…)
 さらに、ある天然酵母のホームページを見ていたら、その天然酵母でパンを作る時には最大限に酵母が作りえる味を生かしてもらうために、使う道具を毎回よく消毒すること、というようなことが書かれてあった。それも、煮沸消毒くらいでは完全に殺菌できないので、ピューラックスのような消毒薬を使うこと、みたいなことまで書いてあった。
 それを読んだ瞬間、

 天然酵母なのに
 なぜ ほかの菌を排除しようとするのだろう?
 これは 私がやりたいこととは違う!

と、その時点で市販の天然酵母を使ってパンを焼く、という選択肢は、私の中で消えたのであった。

 では、どういう方法でパンを作るか。
 この時よりもずっと前から、レーズンやりんごを発酵させてパンを作るやり方があるのを本で見て知っていて、やってみたいなぁと思いつつ、難しそう、めんどくさそうで、やれずにいた。そのことを思い出し、この機会にその方法でパンを作ってみようと思い立った。まあ、最初はうまくふくらまずに、固いパンになるだろう。最初からうまくいくとは思わずに始めれば、気長に続けられかもしれない。
 では、スタートに使う発酵させるものは、何にしようかな。レーズンが基本的だけれど、ネットで調べていたところ、生のぶどうでもできるとあった。ちょうどその頃、畑を借りてブルーベリーを育てていたのだが、かたわらに山ぶどう系のぶどうの苗も植えていた。でも7月のその頃には、まだ熟してはいない。今すぐにやりたいのに、他に替わりになるものはないの?と頭を巡らせていて、ぴかっと思い浮かんだものがあった。

 ブルーベリー!
 ちょうど今 熟しているじゃないですか!
 ぶどうにも似ているといえば似ているし
 ブルームもたくさんついている
 いけるかも!

ちなみに、ブルームというのは、果物の表面に白い粉が吹いたように見える、あの部分。実はあれこそが、酵母がたくさん付着していて光の屈折加減で白っぽく見えている・・・ということらしいのだ。(私の理解が間違っていなければ)
 そこから、ブルーベリーで酵母を起こし、その発酵液と小麦粉と混ぜてパンの元種を作り、元種と粉をこねて(といっても、よくよく考えたらこの時点でパンを作る手順はおろか、パンのこね方さえわかっていなかったので、適当に)発酵させ、いいのか悪いのかわからないまま焼いてみたところ、何と、まあるく膨らんだものが出来上がった。しかも切って中を見てみると、細かい気泡が入り、パンらしくなっているではありませんか!恐る恐る食べてみると、固くも酸っぱくもなく、食べやすい味と固さになっていて、

 おお〜!
 最初にして うまくいった!!

という出来栄えになっていて、思わず

 ブルーベリーの神様が降りてきた!

と感動したのであった。
 そうしてパンを作ってみたことで、あらためてパンは酵母の力を借りて作るもの。最後にオーブンで焼くことで酵母の命を絶ち、人間にとっておいしい食べ物にする、つまり、小さなパンの中にも酵母のたくさんの命が詰まっているということなんだなぁ・・・と、意識することができた。食べることは生きていくうえでの基本的な第一歩であるにもかかわらず、出来合いのものに手軽に頼ってしまう人が多そうなご時世に一抹の不安を感じ、私の中にずっと、「食べることは命をいただくこと」といういうことをどこかで伝えたいという思いがあったのだが、この経験によってそれが一気に開花した。

 そうだ!
 パンを使ってなら このことを伝えられる!
 この感動を 誰かに伝えたい!!

と、思ったのが運のツキ。初めて酵母を起こしてパンを焼いた10日後には、パン屋になる!と決意していたのであった。

 そんなひょんなきっかけで自分で培養した酵母でパンを焼くことにはまり、作り続けていくことから始めて、それから7年後に実家の庭先でパン屋を開店することになったわけだが(ここまでの間にも、たくさんの紆余曲折が詰まっている(笑))、自家製酵母で1年間途切れることなく作り続けていくこと自体が、難関だった。全く酵母を起こせなくなることもあった。それでも諦めずに続けていこうと思えたのは、最初のきっかけがここにあったからだと思う。
 パン屋として自家製酵母にこだわることはリスクが大きすぎるからおやめなさい、と言われたこともあったし、補助材料として市販の天然酵母を使うことも考えておいた方がいいのかなと気持ちが傾いたこともあった。けれど、最終的には、自家製酵母に徹底的にこだわることが自分のパンを作ること、というところに落ち着いた。何より、自分で育てた酵母で焼いたパンはかみごたえがあっておいしいと思えたし、手塩にかけた分愛おしくも感じるものだ。
 小麦粉と、自分の身近にいる酵母と、少しの塩と砂糖。それだけがあれば、ふっくらとしたおいしいパンが焼ける。
 添加物など入れなくても、気温が高くさえなければ、常温で1週間はカビることなく保存できる。
 純粋培養ではない分時間はかかるけれども、そのゆっくりした時間の中でたくさんの種類の酵母が働き、より複雑な味わいのパンを作ってくれる。
 「自家製酵母のパンの元種でパンを焼いてみませんか」企画で、お客さまに元種を少しお分けして経験してもらいたいと思ったこと。それはこんなことなのです。



 はい。今日も長くなりましたね(笑)
 書こうと思っていた酵母の話を、ようやく書けました。
 ご清聴・・・ならぬ、ご精読ありがとうございましたm(_ _)m