風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

めくるめく酵母の世界

 私のこれまでの経験によると、6月後半から9月の前半までは、自家製酵母にとって魔の時間帯。酵母が起こせなかったり、酵母が起こせてもなぜかうまくパン種まで作れなかったり、という事態に陥る可能性が高くなる。
 実は昨年の2月に開店する時点でも、夏の前後になると酵母がダウンしてしまい、丸一年途切れることなく自家製酵母でパンを作り続けられたことがなかった。自家製酵母で作れなくなったら、店は休むのか?それとも仕方なしに市販の天然酵母を使うか?と、いろいろな意味で綱渡りの自家製酵母のパン工房だったのだが、それがなんと!去年1年間、無事に夏を乗り越え、自家製酵母でパンを作り続けることができて、私は秘かに感無量なのである。

 私が酵母を起こす時に使っているのは、たいてい季節の果物なのだけれど、たとえば春ならいちご、夏ならブルーベリー、秋はりんご、冬はみかん…といった具合。その中でも特に、梅雨の時期から夏にかけて何を使うかが気を使うところなわけなのだが、去年の夏の頃、強力な発酵素材を見つけてしまった。それは、はちみつ梅!
 梅の季節になると毎年、梅とはちみつを瓶に入れてシロップを作っているのだけれど、そのシロップが糖度が高いにもかかわらず発酵しやすいことに、ふとぴんときた。シロップを採ったあとの梅をあらためて瓶に入れ、水を加えて発酵させたらどうだろう?
 



 発酵しかかったシロップは糖度が高すぎるため、それでパンの元種を起こすことはできない。ということは以前試してみたことがあり、わかっていた。シロップを採ったあとの梅には、酵母のエサとなる糖分(はちみつ)もまだ含まれた状態であり、さらにはちみつ自体も最初に作られたお酒ははちみつを発酵させたミード、と言われているくらいに発酵しやすいものでもある。
 ・・・というあたりの推測が的中して、発酵力の高い酵母液を採取できたのだった。
 今年も、そのはちみつ梅を水と共に瓶詰にして冷蔵庫で保存しているのだけれど、未だその酵母の力を借りなくても、6月にいちご酵母を元に起こした元種が、元気にパンを作り続けてくれている。




 ちなみに、パン工房を建てる前年にぶどうを植えたのも、自家製のぶどう酵母を起こしたかったから。
 植えているのは、アーリーキャンベルという、ワインにもよく使われる紫色のぶどうなのだけれど、去年はいくつか実をつけたものの、色づくことなく終わってしまった。
 今年は去年以上に実がついていて、緑色の実に徐々にブルームができてきた。
 ブルームというのは、果物の表面に白い粉が吹いたようにみえるあれ。あの粉のような部分は、実は酵母がたくさん集まって白っぽく見えているらしいのだ。




 果物が熟してくると糖度が上がり、糖分をエサとしている酵母が集まってくる。果物が熟して十分な糖度になってくると、酵母がさらに増えてアルコール発酵が促進される。それによって香りが漂い、虫や鳥が果実を食べて種を運ぶ役割を果たしてくれる。
 ブルームを見ていると、そんな目には見えない世界を想像してしまうのは、自分で起こした酵母でパンを作り続けていく上で、たくさんの失敗を解決するために知った発酵の知識から。

 自家製酵母でパンを作る。そのことは、ヒトが生きる世界とは別の世界を知ること。
 食物連鎖の環から外れてしまった人間が、いかにちっぽけな存在であるか。酵母は、私に、そのことを教えてくれた。