今日はなんだかさっぱりお客様が来ずに、パンが大量に残っていたので、閉店時刻の4時を過ぎても看板を下ろさずにいた。そして、ついつい豆パンを口に入れ、パソコンで営業日のカレンダーを入れたショップカードを作っていたら、カランカランカラン…と、ドアベルの音。
あわててパンを飲み込み、いらっしゃいませ〜と声をかけつつカウンターから顔出したら、2週間ほど前に一人でパンを買いに来てくれた小学生の男の子が、ドアを開けて中に入ったところだった。
思わずにっこりと、
こんにちは
と挨拶したら、向こうもなんだか嬉しそうに、
こんにちは
と言って中に入り、
4時を過ぎたから
やっているかな〜と思いながら
来ました・・・
と言いつつ、ちょっと恥ずかしそうにパンのほうに目をやって、ゆっくりとパンを見始めた。と言っても、小さなパン屋なので10数種類しかないのだけれど、それでもどれにしようかとかなり悩んでいる様子だったので、
パン 好きなの?
と聞いてみたら、
好きです!
ここのパンは おいしそうです
って(笑)
とりあえず、「美味しそう」と見えるだけでもわたしにはありがたい。そうじゃなかったら、買っていこう!とは思わないものね。
このパンは 何ですか?
と、ベーコンエピとハムパンとポテトサラダののったパンのお皿を見ながら尋ねてきたので、説明をすると、
ベーコンエピ
こんなパンだとは思わなかった
もっと 小さいかと思った・・・
と、ぽつり。
なので、
ああ
じゃあ ベーコンエピは
今日 おまけであげる
と言うと、
いや
いいですよ
と、大人っぽい返事。
もう 今日は終りだから・・・
いつも 終わりの頃には
みんなに あげているの
だから 他のパン買ってください(笑)
と答えたら、
あ はい
と、ちょっと笑って返事をした。そしてまた、どのパンにしようかと悩みながらパンを丁寧に見ている。
店の中にはオーディオがついていなくて、音楽も何もかかっておらず、この場所自体が静かなので、会話が途切れると妙にし〜んとなって、お客様に緊張感を与えそうなので、間が空きすぎた時にはつい話しかけてしまう。で、その男の子にも、ちょっと気になっていた質問をしてみた。
お小遣いって
いつも どのくらいもらっているの?
今どきの子供たちは、どのくらいのお小遣いをもらっていて、このパンを買いに来るとしたら高いと思うのだろうか?
すると、
今は お小遣い制じゃないんですよ
と、自分のことについて教えてくれた。
そこからまた話が始まって、今日買うパンも決まって、パンを袋に詰めていると、
今度 おやつの日に来たいです
たぶん 卒業しているので
今度のおやつの日には 来られると思います
ああ
6年生なの?
はい
6年生です
言葉遣い
丁寧ですね
ありがとうございます
この前の女の子といい、今日の男の子といい、ここに来る小学生は言葉遣いがとても丁寧で大人っぽい。私が子供だった頃の小学生はたいてい、おばちゃん、これいくら!?という感じの話し方だったはずだけど。だいたい私自身、小学生の頃は人と話すのがとても苦手で、自分から人に話しかけることが出来ないのはおろか、話しかけられてもまともに答えることのできない、しょうもない子供だった。
で、男の子のきれいな話し方に、思わず、
よろしい
と答えたら、男の子はくすっと笑ったようだった。なんだか私の方が子供みたいだ(笑)
今日選んだクランベリーとクリームチーズの入ったライ麦パンと、おまけのベーコンエピの入った袋を渡すと、男の子は宣言でもするように、
今度のおやつの日には
きっと 来られると思います
と、また言ってくれるのだった。この前の月曜日のおやつの日に、家の入口のところに、「本日パンあります」の看板とともに「おやつの日」と書いた看板も置いておいたので、それを見ていたのかもしれない。さらに店の中には、ブラックボードに「おやつの日」の説明を書いておいたので、どんなパンが並ぶのか、よほど気になったのかもしれない。
大人でさえ、「おやつの日」と書いたブラックボードを見て、おやつの日?とつぶやいてくれる方がいるので、いつもとは違う日が月に2回ある、という思いつきは、なかなかグッドアイデアだったかも!(自画自賛)
買っても買わなくても
また 遊びに来てください
と男の子に言うと、
はい
と、にっこりしながら、またきちんと返事をしてくれた。
きっと、おやつの日を楽しみに、ワクワクしながら待ってくれるんだろうな。そう思うと、どんなパンを作ろうかと、私の方もわくわくしてくる。
5時に近い、最後の最後に、お向かいさんが来てくれた。
いつものようにいろいろとおしゃべりをして、その中で今日来てくれた男の子の話をしたら、やっぱり、自分が小学生の頃はそんなふうに話せたかな?と、今どきの小学生の聡明さに感心していた。
その流れで、お向かいさんはいつ頃ここに引越してきたかということを聞いてみた。小道をはさんだすぐ前の家のことを、母はそれなりにいろいろなことを知っていたのに、私はお向かいさんの家のことについては詳しいことを知らない。だいたい、パン屋でこうして会って話をするまで、顔も年齢も知らないも同然だった。なぜなんだろう?とよくよく考えてみたら、なんと、私が実家を出た18歳の頃にはお向かいの彼はまだ生まれていない年齢だったのだ!(一瞬卒倒しそうなめまいが…)
パン屋をやっていなかったら、このままずっと、ほとんどのことを知らないまま、通りすぎていたかもしれない。
そしてふいに、今までパンや棚の位置のあたりばかりを見ていたお向かいさんは、ぐるっと天井の方まで見渡し、
この色 なんていう色ですか?
と、ショップスペースのドア枠に塗っているペンキの色の名前のことを聞いてきた。それからしばし、色の話になった。
過去と未来が行き来する、今という時間が流れる場所。
たとえば10年後、男の子は進学のためにこの町を離れているかもしれない。お向かいさんは結婚して、別の場所に引越しているのかも。
その時彼らの中にはこの場所が、どんな記憶になっているのだろう?