酵母を起こして初めてパンらしきものを焼き、いきなりパン屋になろう!と決意してから、半年くらい経った頃だろうか。なんとなく思いついた粉の配合で焼いてみたパンが、自分が食べたいと思うパンはこんなパンだ!と思えるような味になった。
自分がおいしいと思えるパンがどんな味のものなのかがわからずにいた間は、霧の中を手探りで歩くような感覚だった。だが、それを見つけたとたんに、私にとってパンを作ることが地に足がついたものになった。そして、パン作りがうまくなる速度が急に早くなったような気がするから不思議だ。
バゲットやバタール、パリジャンといったいわゆる日本でフランスパンと呼ばれているものは、フランスでは厳密に長さや太さが決められているが、カンパーニュにはそのような決まりはなく、もともとがパリの郊外の農家が自家用に焼いていたパンを都会に持って来て売っていたパンのことをいうので、これがうちのカンパーニュ、と言ってしまえばそれがカンパーニュになる。
そういう意味でカンパーニュは、自分が作りたいパンをいちばんよく表現できるものなのかもしれない。
今、私が作っているカンパーニュは、その時の配合と同じものだ。
パン屋開店を目指してあれこれ試行錯誤をしていた時、どうしても酵母がうまく起こせないことがたびたびあって、市販の天然酵母と併用した方が無難なのかなぁ・・・と思ったこともあったけれど、自分がパン屋になりたいと思った最大の理由は、身近にあるものでパンが作れたことへの感動を誰かに伝えたい!ということと、その時に小さな1個のパンの中にも、たくさんの酵母の命が詰め込まれている、食べることは命をいただくこと、ということをあらためて感じた心を大切にしたいと思ったから。
それを自分の原点とするなら、やはり自家製酵母であることに極力こだわろうと、最終的にはそこに行きついた。今でもそれは、私のなかでぶれない芯となっている。
ただ、パン屋として営業をするなかで、どうしても自家製酵母ではパンを作れない時期ができてしまったときには、市販のものを使わざるをえないこともあるかもしれない。そういう期間ができたとしても、自分のスタンスをぶれずに置いておくこと。
私にとってカンパーニュを焼くことは、そんな自分の芯となるものを確かめることでもある。