風の通りすぎる場所@あおいベーカリー

自家製酵母のパン工房「風の通りすぎる場所@あおいベーカリー」に関するお知らせと、何気ない日常を綴っています。

飛行機雲とほたるのヒカリ

 生前に何度も言われていた通りに父も母も散骨にして、お墓を作らなかったので、基本的に我が家にはお盆や法事にまつわるあれこれがない。


 父が亡くなったのは、春のお彼岸の頃に私が帰省して3~4日滞在して会津に戻った、その3日後だった。
 帰省して父に会った時に、なぜか、ろうそくの火が風に吹かれて消えそうになっている絵が私の中に思い浮かび、父が元気を失いつつあるのかな・・・と、気になったことをよく覚えている。
 それでも父が亡くなった日、母からの電話の言葉の意味が、すぐには理解できなかった。3日前には父と、普通に話していたのに。
 母からの連絡で当時住んでいた会津から車で実家のある真岡に帰ってきたのだけれど、会津を出る時に降っていた雨が真岡に着く頃にはすっかり上がって青空が出ていた。
 車庫に車を入れるためにシャッターを開けようと車の外に出たところで、空に飛行機雲が描かれているのが見えた。
 地平線の上の方から天頂の方向へと、白い線が引かれていく。

 飛行機雲だ
 きれいだな

と印象的だったので、車を車庫に入れ終えた後、飛行機雲がどこまで伸びたか見てみようと空をもう一度見上げてみたら、飛行機雲は風に流されたのかすでに薄くなって消えかけていた。

 私が無事に家に着いたのを見届けて
 父が 空に昇っていったのかなぁ

そんな気がした。


 その年のお盆の頃だったか、翌年の8月頃の話だったか、妹が、

 キッチンの所に並べていた
 マトリューシカの人形の一つが
 自分では動かしていないのに 横を向いていたんだよ
 お盆の頃だったし
 なんだか 父がいたずらして動かしたような気がする

と言った。私は、

 きっとそうだよ
 そんないたずら しそうな気がする
 いつでも そばにいるよ
 って 言いに来たのかもね

と返した。
 しかし私のところには、ついぞ、そんないたずらは起きなかった。


 母が亡くなったのはそれから6年後、今から11年前の7月だった。
 母なき後は実家に住む人が不在になるため、葬儀が終わった翌日から約1ヶ月半の間に、妹と事務的な用事や家の中の片付けなどできる限りのことを終わらせた。
 アメリカ在住の妹が先に帰り、私はそれから1週間後くらいに、会津に戻った。
 飼い猫のタマと、散骨はすぐには行わないので、母の遺骨もいっしょに。
 夕方に真岡を出て、会津に着いた頃はもう、すっかり暗くなっていた。
 部屋のドアを開け、実家にいた間の着替えなどの荷物を運び込み、最後にキャリーケースにいれたタマと母の遺骨といっしょに、玄関口に入ってドアを閉めると、私の横をすうっと小さな光が流れてきて、部屋の奥へと飛んでいった。

 あれ?
 ホタル??
 でも もう ホタルの季節ではないよな・・・

部屋の明かりをつけて、虫がいないか見渡してみたが、ホタルらしき虫がいる気配はない。
 実際、9月にホタルはもういないだろう。
 もしかして、母がここまでついてきたってことなのかな・・・。
 よく、こういう場面で描かれる魂の光みたいなホタルのような小さなヒカリって、本当にあるんだ・・・。
 その手のことはあまり信じない方だけれど、だからといって全面否定するつもりもない。
 でも、まさか自分がそういう経験をするとは思ってもみなかった。


 夏になると咲く、露草の青い色が好きだ。
 群生していると特に、花色がヒカリのように見える。
 露草の別名にホタルグサというのがあるのも、納得がいく。
 露草の花を見つけると、あの日のことをふと思い出すことがある。

 

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